2002年に閉園した遊園地、多摩区民の唯一、最大の誇りであった、かもしれない。
東京西部や県央の人に、「何処に住んでるか」と聞かれて、多摩区といえばたいていは東京三多摩かニュータウンと勘違いされ、登戸や宿河原じゃ全然通じない。川崎市と言えば、川崎区や幸区と思われ「公害すごいの?」と二の句を継がれる。しまいにゃ「稲城の横・・」と自虐的説明さえする有様。
でも向ヶ丘遊園のそばだ。と答えさえすれば「ああ、子供の頃、ロマンスカーで行ったことあるよ」と、30代以上の人には通じるはずだ。
宮前区五所塚に抜ける遊園外周を巻く道に入る。遊園地は閉鎖されているが、柵越しに跡地を見ることが出来る。

小田急の土地利用計画書が掲示されていた。
マンションと老人介護施設・・・最近は××跡地に建つのはこの2つばかりで、日本人は寝ることと老後の事しか考えなくなったようだ。

かつての喧騒は何処へ、蔦のからまる柵に月日を感じる。

ジェットコースターの支柱の後。この上あたりが一面の桜でした。開業が昭和2年だから、親子3世代以上が遊んだ施設である。かつて此処で遊んだあなた、自分の子もここで遊ばせたかったのでは。遊具に乗るお金が尽きても、この山の斜面で、ガキどもは勝手に遊んだものです。

遊具施設があったメインストリート。

小型の海賊船の型のボートがクルクル廻っていた、水槽。
私は相模大野の小学校から遠足で来て、これに乗ったから実に30年以上使われた施設だ。じつに懐かしい。

おばけやしきの建物の土台が残っていた。その横はミラー館とびっくりハウスがあったっけ。びっくりハウスは好きだったなあ。ギーコギッコと凄い音で、実物の部屋が回転する面白さは、CG合成の3Dなど糞食らえ!のリアルなびっくり。今では危険だとして、建設許可が出ないだろう。

次になにが出来るにしろ、花と緑の似合う、遊園らしさが残る施設にしてほしいものだ。
港北NTのような、自然破壊と傲慢の象徴のような金満タウンにはなって欲しくない、と地元民として痛切に願う。

注:遊園跡地内は私有地で立入禁止です。警備員も巡回しています。写真は、柵の間から撮影したものです。
- 2007/11/05(月) 02:10:06|
- 川崎市多摩区長尾
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